活動日誌・情報提供

内灘町宮坂・米軍・着弾地観測所跡

2016/11/28

全国農業新聞・北陸版「郷土めぐり」

平成28年4月15日号

石川県・内灘町・米軍・着弾地観測所跡

内灘闘争の舞台
海岸砂丘にひっそりと

【石川】内灘町の宮坂・西荒屋の両地区に、米軍の着弾地観測所跡が今もひっそりと建っている。昨年5月に同町の文化財史跡に指定された。案内看板にこう書かれていた。
「この建物は昭和28年、内灘砂丘が米軍の特需砲弾試射場として使用されていた当時のもので、発射された砲弾の目標への的中率と爆発、不発の確認を行った着弾地観測所である。通称オペレーション・ポストと呼ばれ、見晴らしの良い丘の上に立てられたもので、昭和32年1月まで使用されていた」
取材を終えると、サツマイモ定植の準備を終えた農夫(73)が話かけてきた。
「小学生だった頃、大人と一緒に座り込みに行った。米軍、帰れ~って、みんなで大声で叫んだよ」
試射場は危険なため、海岸線8.3kmが封鎖された。住民は日本海での漁ができなくなったため、反対デモを行った。世に名高い内灘闘争だ。
「4年後に試射場が廃止され、海に行ってみるとアサリが大繁殖していてね。海岸がジャリ道みたいだった。それを金沢まで運んで売った。たくさん採れるからバケツが重くてね。それで海岸で煮て、身だけにしたら、これは軽いと女たちが喜んだよ」
農夫は名をなのらず写真も撮らせてくれなかったが、当時を懐かしく熱心に語ってくれた。

(写真説明)観測所跡の中に入ると、横長の細い窓から海岸線が見下ろせる。